札幌地方裁判所 平成8年(行ウ)16号 判決 1997年5月16日
札幌市東区北丘珠四条二丁目一一番一五号
原告
藤田秀雄
札幌市北区北三一条西七丁目三番一号
被告
札幌北税務署長 林正善
右指定代理人
土田昭彦
同
林俊豪
同
里見博之
同
池田敏雄
同
坂下晃庸
同
柏樹正一
同
房田達也
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が平成七年三月一〇日、原告の平成三年分、平成四年分及び平成五年分の所得税についてした各更正及び各過少申告加算税の賦課決定をいずれも取消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
二 本案前の答弁
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、建築関連を業とする者であり、平成三年ないし平成五年分の各所得税について、次のとおり確定申告を行った。
(一) 平成三年分所得税
(1) 総所得金額 三二〇万六〇八八円
(2) 納付すべき税額 二六万八〇〇〇円
(二) 平成四年分所得税
(1) 総所得金額 三一九万五六三一円
(2) 納付すべき税額 二六万六五〇〇円
(三) 平成五年分所得税
(1) 総所得金額 二九二万四四一三円
(2) 納付すべき税額 二三万九四〇〇円
これに対し被告は、右各年分の確定申告に対し、平成七年三月一〇日、右各年度の各更正及び各過少申告加算税の賦課決定(以下、「本件各処分」という。)をそれぞれ行った。
原告は、同年六月一二日、札幌市役所から、平成四年分ないし平成六年分の道市民税の督促を受け、本件各処分を知り、同年八月一〇日、異議申立てをしたところ、同年一一月二七日、異議申立期間を徒過していることを理由に却下されたので、同年一二月二五日、国税不服審判所に審査請求をしたが、平成八年六月一三日、右同様の理由で却下された。
2 しかし被告は、本件各処分に関する通知書(以下、「本件通知書」という。)を原告に送達しなかったものであるから、本件各処分は違法である。よって、本件各処分の取り消しを求める。
二 本案前の主張
1 国税に関する法律に基づく処分のうち不服申立てが可能な処分について、その取消しを求める訴えを提起するには、当該処分の通知を受けた日の翌日から起算して二か月以内に異議申立てをしなければならないところ、所部係官は、平成七年三月一〇日、国税通則法(以下、「法」という。)一二条五項二号に基づき、本件通知書を原告の郵便受けに差し置いて適法に送達したから、当年五月一〇日までに異議申立てをすべきであったが、原告は、被告に対し、右期限を徒過した同年八月一〇日に異議を申し立てているのであって、右申立ては不適法であり、したがって、本訴は、適法な不服申立手続を経由しておらず、不適法であり、却下を免かれない。
2 仮に、原告が右送達を認識していなかったとしても、原告の下には平成七年五月一一日、国税に係る督促状が送達されているのであるから、同日を起算点としても、原告は二か月間の不服申立て期間を徒過したものであり、本件訴えは不適法であって、却下されるべきものである。
三 本案前の主張に対する認否及び原告の反論
1 本案前の主張に対する認否
本案前の主張はいずれも争う。
2 原告の反論
(一) 本案前の主張1は、以下のとおり理由がない。
(1) 原告及びその妻は、札幌北税務署から本件通知書を直接に交付されたことはないし、本件通知書を見たこともない。
また税務署員は、平成七年三月一〇日本件通知書を持参のうえ原告方に赴いてはいるものの、その際応対に出た江幡チエから、「良く事情が分からないので本人に話して下さい。」と言われ、帰っていったものであり、江幡チエも本件通知書を見ていない。
以上のとおり、本件通知書が原告方に差し置かれたことはない。
(2) 札幌北税務署の所部係員は、右江幡チエへの本件通知書の交付をもって、法一二条五項一号の「同居の者で書類の受領について相当のわきまえのあるもの」への交付送達を試みたものと思われるが、江幡チエは、原告の妻の母親とはいえ、原告と同居していたわけではないから、これに該当しないことは明らかであり、右行為自体、同法に違反している。
(3) また被告は、江幡チエから本件通知書の受領を拒否されたので、本件通知書を原告方郵便受箱に投函し、もって同二号の差し置きによる送達を行ったと主張している。
しかし、江幡チエは、法一二条五項二号後段に規定する「これらの者」すなわち「同居の者で書類の受領について相当のわきまえのあるもの」に該当しないことは右(2)のとおりであり、同号後段に基づく差置送達は不適法である。
(4) 仮に被告主張の差置送達が、法一二条五項二号前段の場合をも包含する意思で行われたとしても、これは、同号にいう「差し置く」には該当しない。
すなわち、通知書を郵便受箱に投函して立ち去る行為だけでは、受け取るべき人が了知しうべき状態に至ったとはいえず、一般の賃貸借関係等と同様に、内容照明ないしは配達照明を要求して初めて、「差し置く」に該当すると解すべきである。
なぜなら、かく解さなければ、本件のように不服申立の期限を左右する通知書の送達について、投函後における通知書の紛失や盗難の場合に、被通知者が不服申立の機会を奪われることとなり、その不利益は著しいからである。
(二) 被告は、原告に対し督促状を送達した、と主張するが、原告はこれを受領してはおらず、その存在の認識もない。
仮に原告が送達を受けたとしても、その送達日は平成七年五月一一日であり、原告の異議申立期間を経過していることから、無効である。
(三) 以上のように、原告は、本人が全く知らない間に本件各処分を受けたものであり、本件各処分は、憲法二九条、三一条に反し無効であり、本件訴えが異議申立期間を経過しているとして却下を求めることは、憲法三二条に反して許されない。
第三証拠関係
一 原告
1 甲第一号証
2 乙第二号証の成立は知らない。その余の乙第一号証、第三号証の成立は認める。
二 被告
1 乙第一ないし第五号証
2 甲第一号証の成立は認める。
理由
一 本案前の主張について
1 成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証、第三号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第五号証及び弁論の全趣旨によると、本件通知書の送達等に関し、次の事実を認めることができる。
(一) 国税調査官竹林徹(以下、「竹林」という。)は、平成七年三月一〇日午後二時ころ、本件通知書を送達するため、浜口一雄調査官と共に原告方を訪問した。竹林は、女性が応対に出たので、同女に原告との間柄を聞いて同女が原告の妻の母である江幡チエであることを確認した。竹林は、江幡チエに対し、原告又はその妻が在宅しているか否かを確認したところ、江幡チエから、原告は仕事で現場に行っており夜遅くにならないと帰らない、原告の妻も買物に行っておりしばらく帰ってこないとの回答を得た。竹林は、江幡チエに対し、本件通知書を原告に送達しに来たことを告げ、本件通知書を原告に渡してほしい旨依頼した。これに対し、江幡チエは、詳しい事情は知らないのしで受け取れない旨述べて、受領を拒否した。
(二) 竹林は、他の送達業務があったので、一旦原告方を退去し、他の送達業務を終えた後、前同日中に原告に本件通知書を送達するため、再度原告方を訪れ、同日午後二時三三分ころ、本件通知書を札幌北税務署名の表示のある茶封筒(表側に原告の氏名を記載したもの)の中に入れて、原告方の玄関ドアの右側にある郵便受け内に投函した。
2 原告は、本件通知書が原告方に差し置かれたことはない旨の右1の認定に反する主張をするが、前掲乙第五号証によると、竹林が本件通知書を原告方の玄関ドアの右側にある郵便受け内に投函してこれを差し置いたことが明らかであり、右主張は採用できない。そして、他に右1の認定を覆すに足りる証拠はない。
3 右1の事実によると、竹林のした送達行為は、法一二条五項二号前段の書類の送達を受けるべき者等が「送達すべき場所にいない場合」にした差置送達として適法であると認められる。
4(一) 原告は、竹林が、原告の同居者ではない江幡チエに交付送達を試みた旨非難するが、仮に、右のような事実が認められるとしても、本件通知書は差置送達の方法により送達されたものであるから、送達の適法性に影響を及ぼすものではない。
したがって、この点での原告の主張は採用できない。
(二) 原告は、法一二条五項二号後段に基づく差置送達であって不適法である旨主張するが、右3のとおり、本件は同号前段の差置送達として適法と認められるから、この点での原告の主張も採用できない。
(三) 原告は、単に通知書を郵便受箱に投函して立ち去る行為のみでは、「差し置く」には該当しない旨主張する。
しかし、法一二条五項二号が、民事訴訟法一七一条三項の場合とは異なり、受送達者不在の場合に書類の差し置きによる差置送達を認めたのは、租税の賦課徴収に関する処分が大量かつ反復して行われることから、簡易迅速にその処分の内容を記載した書類を送達して処分の効力を生じさせる必要があり、また、租税の賦課権についての除斥期間(法七〇条、七一条)や徴収権についての消滅時効(法七二条)が極めて短期のものとして規定されているため、受送達者が意図的に、又は、偶然にその居宅に不在である場合にも送達を可能にすることが必要だからである。そうでなければ、除斥期間等の徒過によって、不誠実な納税者をして法廷の納税義務や租税の徴収を免れさせるおそれがあり、その結果、租税の賦課徴収の公平を図ることが困難となり、租税収入を確保し得なくなる。
してみれば、送達の効力は、送達を受けるべき者が送達書類を現実に受領したかどうかにかかわりなく、送達が適法に行われた時、すなわち、受送達者が書類を客観的に了知し得る状態におかれた時に発生するというべきである。
本件通知書は、前記1のとおり、原告方の玄関右側の郵便受箱に投函されたものであり、これにより、原告が本件通知書を客観的に了知し得る状態になったから、これをもって「差し置き」したことに当たると認められる。したがって原告の右主張は理由がない。
(四) 原告は、本件各処分が憲法二九条、三一条に反し無効であるなどと主張するが、右1のとおり、本件通知書が竹林によって適法に差置送達されていることに照らせば、いずれも採用することができないというべきである。
二 以上により、本件通知書の送達は適法であるところ、原告は本件通知書送達の日の翌日である平成七年三月一一日から二か月以内に異議申立を行っていない。したがって、本件訴えは、適法な不服申立てを経ておらず、不適法である。
よって原告の請求を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林正 裁判官 福島政幸 裁判官伊藤聡は転勤のため署名押印できない。裁判長裁判官 小林正)